しかも、蛇口の水漏れを直してないから。

この時期、一日水の飲まないなんて考えられませんよね。
なのに、植物の水やりを朝うっかり忘れることができたりしてしまうと、
もう生物として底辺な気持ちになります。
帰宅して、謝りながら植物に水をやる時は人には見せられません。
しかも、蛇口の水漏れを直してないから、
この水がそっちに行っていればとさらに自虐的に。
この例は、水でしたけど他の資源に関してもこう言った気持ちが持てれば、
もっとものを、大事に、しっかり選べるのかなとも思います。
うっかりや便利だからと簡単に消費しないで、必要なものを必要な分だけ使う、
そしてその意義を考えることは、エコだけでなく、
人の人生感そのものにもつながるような気さえしてきます。
自分の失敗を糧にプラス棚に上げつつ。

多くのリサイクル企業が営業リストを使って。

資源のリサイクル企業の記事を先日読みました。
通常のリサイクル企業では、在庫がないから少数の資源はロスとなるところが、
少数が極めて少なく、集まるリサイクル資源で出るロス率は驚きの5%!!
凄いですよね。
まさにゴミが資源として活用されているといって言いですし、
活用という言葉では足りないかもしれません。
実は、多くの企業の工場が海外にでてしまってリサイクル資源が減り、
多くのリサイクル企業が、営業リストを使って
営業を掛けなければ生き残れなかったそうですが、
ここでは、どんなものでも資源として活用出来ることが認知され、
営業を掛けずとも自然と集まったそうです。
リサイクル企業はまさに時代に必須の会社と言えますね。

ついつい使いすぎたり、台所の水漏れをスルーしたりしてしまい。

人間の慣れというものは恐ろしいもので、
ありがたみという気持ちも簡単に忘れてしまいます。
例えば、水。
数少ない資源であり、もっとも人間に必要なのに、
現在のライフラインが優れすぎて安く簡単に手に入るので、
ついつい使いすぎたり、台所の水漏れをスルーしたりしてしまいます。
それで夏などに「節水のご協力を」なんて出ると、あぁしまった、となる訳でして。
習慣化することは人間にとって財産であり貴重な能力の一つでありますが、
良くも悪くもの諸刃の剣でもあります。
せめて家庭のことは効率的でなくても自然に優しくありたいものです。